「サーチャー」酒井美里のできるまで~その6

photo credit: David Ortez via photo pin cc


「韓国の本」が出た少し後、2つめの事件勃発

オットが「ロースクール(法科大学院)に行きたい」、と言いました。
確か、当時40才に手が届くくらい、だったかな・・・?


ロースクールの修了年数は、通常3年間。
すごくラッキーなら、会社から「内地留学」で送り出してもらう方法もあるけど、
そうならない可能性もある。
そして、家には幼児が2人。


内地留学が認められなかった場合は、
私が単身働く・・・のよね? と思うと、
さすがに、とてつもなく恐ろしかったので、


さすがに 「ロースクールに行きたい」 と切り出された時は、泣いて説得し、
受験は思いとどまってもらいました。


が、私の涙の説得程度?では
「ロースクールに行きたい」 気持ちは、おさまらない様子。


1年後、再び「受験したい」 と。(うわーーー)




これ、今となっては「私の大学受験の時と似てるかもw」って思うんですが、

・ 子供が小さいのだから、地元の信州大学(松本市)限定で。
・ 不合格なら諦める

という条件で、チャレンジして頂きました・・・・



結果発表☆


・・・あ。(汗)
受かった、ですとーー? 



そこから、彼は勤務先に「内地留学」の交渉。
しかし・・・やはりこのご時世です。
内地留学は却下。



そうすると・・・
ロースクールに行くならば、
会社を辞める、という事になります。



じゃあ、私はどうするの?
改めて考えてみると・・・



たとえば今のまま、働き続ける。
家族全員を自分の扶養に入れたら、
おそらく同世代男性とそう変わらない待遇になって、
贅沢さえしなければ、オットと子供2人、養っていけるかな?



でも、信大ロースクールは出欠もとても厳しいそう。
1つの科目につき、1回欠席はOKだけど、2回はアウト、だとか。

子供が病気の時のバックアップはおろか、
日常的な送迎なども、全く頼れない状態になるのは
今から目に見えてました。


私・・・今の閉塞感のまま、
家族を扶養して、子供の世話も全部みながら仕事、って


やっていけるのかな? 



と想像したら・・・・


私の心は、即答で
「それは無理!苦しすぎる。 精神が、1年も持たない」 と。



でも、オットがロースクールに行くなら、
自分が働くしかないのよね?
・・・どうする自分? 


更に考えてみると、


何故かわからないけれど、もう自然と

 「会社に勤めるのが辛いだけで、仕事そのものは好き。
  調査はとりわけ好きな仕事だし、
  成果も…自分では出せてると思ってる!
  ※ 形・数値で見えにくい仕事。成果といっても、主観でしかありませんが・・・

だったら、個人事務所もあり、なんじゃないかな?」 

という答えにたどり着きました。



オットには合格直後、1年間「休学扱い」にしてもらい、時間稼ぎ。
その間に、私は退職して開業。
これが、今の会社 「スマートワークス」 のスタートです。


翌年、オットが退職してロースクールに入る前に、
仕事を立ち上げなければ、
大人はともかく、子供達を路頭に迷わせてしまう・・・と、必死でした。


次回が最終話 続きます。


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